2007年04月16日

生涯、探索し続けた漢 vol.1

世界には名だたる探検家、冒険家がいる。
今から百数十年前に自分を貫いた漢がいた。
彼は歴史的にあまり有名ではない気がする。
もしかしたら目標に到達出来なかった為かもしれない。
今回は、彼が「かの地」に馳せた想いをガイドさせてもらいたい。



 時は西暦1861年、秋田県に生まれた彼の名前は白瀬 のぶ。
 幼少の頃に白瀬は、寺小屋の先生から聞いた極地探検の話に感化され、北極探検の夢を抱く。
 その時聞いた5箇条、酒、煙草、茶、湯を飲まない、火に当たらない、と言うのを生涯貫いたらしい。
 1879年(明治12年)に僧侶になる為(実家が寺)に上京するが、2ヶ月後、陸軍学校に入校。
 1881年に卒業後、伍長として仙台に赴任する。
 1893年には予備役となり、千島探検隊に加入する。
 同年に占守島に到着する(1896まで滞在する)。
 この時、千島探検隊は凄惨を極める。別の島で越冬した10人は全員、死亡・行方不明。
 占守島に留まった白瀬、他5名も3人が死亡と言うものだった。
 その後、日露戦争で遼東半島へ派遣などされる。

 1909年、いよいよ白瀬が、よし、北極へ行くぞ!と決断した時ニュースが入った。
 アメリカの探検家、ピアリーが北極点を踏破。
 白瀬は意気消沈した。幼少の頃からの夢。絶望。
 しかし、白瀬は諦めない。「北極が駄目なら南極へ」。
 目標を南極点到達へ転換する。
 その時またもや、悪いニュースが。
 イギリスの探検家、シャクルトンが南緯88度23分に到達。
 白瀬は焦った。
 イギリス政府は、探検家のスコットが来年、南極探検に挑むと発表。
 白瀬は競争する事を決意する。
 白瀬、すでに48歳の時であった。

〈来週へ続く〉

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのTrackBack URL
http://radilog.jp/tb/172230
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。