世界には名だたる探検家、冒険家がいる。
今から百数十年前に自分を貫いた漢がいた。
彼は歴史的にあまり有名ではない気がする。
もしかしたら目標に到達出来なかった為かもしれない。
今回は、彼が「かの地」に馳せた想いをガイドさせてもらいたい。
時は西暦1861年、秋田県に生まれた彼の名前は白瀬 のぶ。
幼少の頃に白瀬は、寺小屋の先生から聞いた極地探検の話に感化され、北極探検の夢を抱く。
その時聞いた5箇条、酒、煙草、茶、湯を飲まない、火に当たらない、と言うのを生涯貫いたらしい。
1879年(明治12年)に僧侶になる為(実家が寺)に上京するが、2ヶ月後、陸軍学校に入校。
1881年に卒業後、伍長として仙台に赴任する。
1893年には予備役となり、千島探検隊に加入する。
同年に占守島に到着する(1896まで滞在する)。
この時、千島探検隊は凄惨を極める。別の島で越冬した10人は全員、死亡・行方不明。
占守島に留まった白瀬、他5名も3人が死亡と言うものだった。
その後、日露戦争で遼東半島へ派遣などされる。
1909年、いよいよ白瀬が、よし、北極へ行くぞ!と決断した時ニュースが入った。
アメリカの探検家、ピアリーが北極点を踏破。
白瀬は意気消沈した。幼少の頃からの夢。絶望。
しかし、白瀬は諦めない。「北極が駄目なら南極へ」。
目標を南極点到達へ転換する。
その時またもや、悪いニュースが。
イギリスの探検家、シャクルトンが南緯88度23分に到達。
白瀬は焦った。
イギリス政府は、探検家のスコットが来年、南極探検に挑むと発表。
白瀬は競争する事を決意する。
白瀬、すでに48歳の時であった。
〈来週へ続く〉
2007年04月16日
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