2007年04月26日

ファラオの呪い

はい。毎度。Rです。

今回で3回目ぐらいですね。

今までは『不思議な出来事』や『あまりみんなが知らないと思われる話』を紹介してきたんですが、今回はみんなが知っている不思議な出来事を覆すものを書いてみようと思います。

 お題は『ファラオの呪い』
 
 一応、簡単に話すと、1922年にハワード・カーターが率いる
調査隊23名がツタンカーメンの墓を発掘調査を行った。発掘した墓の入口には『偉大なるファラオの墓に触れたものに、死はすばやき翼をもって飛びかかるであろう』という碑文が…
 その碑文通り、調査後すぐに23名中22名が原因不明の死を遂げてしまった…という話です。

 ほとんどの人がなんとなく知ってる不思議な話だと思います。

  が、しかし。

 この話、先に言いますとウソだったんです。
 ぜ〜んぶマスコミのデッチアゲ。

 確かにその調査のスポンサーであったカーナボン卿は調査の翌年に原因不明という形で死んでいます。しかし、その他のメンバー、生没がハッキリわかる人だけでも確実に10数名は、その後普通に生活を送り7、80才まで生きてらっしゃるんです。

 このホラ話のはじまりはカーナボン卿にあります。
 
 カーナボン卿は当時ロンドンタイムス紙と契約を交わしており、発掘の情報をタイムス紙以外のマスコミには一切話しませんでした。それがキッカケとなり他のマスコミが苛つき、恨み、この『呪い話』を持ち上げたんですね。

 んー。なんとも『夢』をブチ壊された感じがしますね。
 
 でも、一応カーナボン卿は原因不明で翌年にすぐ死んだんだから『呪い』はあったのかもしれないんじゃない!?なんて思ってる人いるでしょ?

 実はこの死についても原因はわかってます。

 『髭を剃った時にできた傷から菌が入ってしまって熱病にかかり、それから併発した肺炎』が原因で死んだそうです。

 なんとも悲しい最後。

 『呪い』で死んだ方が100000倍良かったでしょうね。

 カッコわるっ。

来週も『呪い』をお題に書きます!

んじゃ!

この記事へのコメント
某バンドでドラムをしていた「ヒライ」って人が、ノロウイルスでぶっ倒れた時に、周りの人から「ノロイ」って呼ばれてました。

Posted by ザブ at 2007年04月27日 03:32
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