2007年05月07日

生涯、探索し続けた漢 vol.3

どうもー、ZABUです。
今回は白瀬南極探検隊の最後です。一気に書き上げるぞっと。


 明治45年(1912)1月16日午後10時、白瀬率いる日本南極探検隊は吹きすさぶ暴風雨の中、南極大陸に上陸した。
 装備は服装ひとつをとっても、シャツ2枚にズボン下を着て、毛皮の防寒服だけだった。
 白瀬ほか4名の突進隊は2つの犬ぞりに別れ、往復16日間、500キロを超える南極探検を行った。
 犬ぞり同士がはぐれ、死の危機を迎えながらの決死行だった。
 最終到達点は南緯80度5分、極点まであと一千キロ余りだった。


 晩年の白瀬は不遇だった。
 帰国時こそ熱狂的な歓迎を受けたものの、やがて世間は忘れていった。
 探検の借金を個人で抱えた白瀬は、自宅や軍服を売り払い、南極探検のフィルムを手に全国を講演し借金を返済していった。
 南極海の荒海よりも、陸に上がってからのほうが辛かった」。
 しかし白瀬は借金を返しながら、なお極地探検の嘆願書を政府に出し続けた。
 借金を返済し終えたとき、白瀬は74歳。
 もう十年早く返済していれば、もう一度、極点に向かっただろう。
そして、戦後まもない昭和21年、白瀬は間借り先の魚屋の二階で人知れず息を引き取った。
 85歳だった。



  この白瀬って人がいなかったら、上村直己や、南極物語のタロとジロはいなかったはず。
 白瀬探検隊が使った、復元された船を映像で観たのですが、とても30名近い人が乗りきる大きさではありませんでしたよ。
 いやー、すごいですね。

では、また来週。



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